既存のお客様への追加提案は「頼まれたことの後」に。押し売りにならないクロスセルの進め方
取引のあるお客様に別の商品を勧めたいけれど、押し売りだと思われたくない。海外の営業研修家ビクター・アントニオが紹介している「まず頼まれたものに応え、質問で選択肢を広げる」という考え方をもとに、既存のお客様への追加提案の順番と、質問の例をまとめました。

すでに取引のあるお客様に、別の商品やサービスも使ってもらえたら。営業なら一度は考えることです。すでに相手の業務を知っていれば、その状況に合う提案を考える手がかりがあります。
それでも実際には、なかなか切り出せない人が多いのではないでしょうか。「せっかくの関係を、売り込みで壊したくない」「今の取引に満足してもらえているなら、それで十分」。そう考えるのは自然なことです。
この記事は、ルート営業や既存顧客の担当をしていて、追加の提案をどう切り出せばよいか迷っている方に向けて書いています。海外の営業研修家ビクター・アントニオが動画で紹介している「会話の始め方と、ほかの商品の勧め方」の考え方をもとに、日本の法人営業でも使いやすい形に置き換えてまとめました。
追加提案が「押し売り」に感じられる理由
まず、なぜ追加の提案が嫌がられるのかを考えてみます。
追加提案が押し売りに感じられる場面の一つは、自分の用件が片付く前に、営業の都合の話が始まるときです。
たとえば、納品の遅れについて電話をしてきたお客様に、話の途中で「ところで、新しいサービスが出まして」と切り出したらどうでしょう。中身がどれだけ良くても、「この人は自分の売上のことしか考えていない」と受け取られてしまいます。
LinkedIn の営業向けサービスの紹介動画では、買い手が、多くの営業連絡の中で自分を数字として扱われていると感じる不満を語っています。名前や役職が間違った連絡が来れば、一斉に送られた連絡の一人だとすぐ分かる、という声もあります。ここから筆者は、追加提案でも相手の状況に目を向けることが大切だと考えます。相手の状況を知らずに「おすすめ」を送れば、どれだけ丁寧な文面でも、売り込みとして読まれます。
基本の順番は「応える → 聞く → 広げる」
アントニオの説明を、筆者は次の3段階に整理しました。
- まず、お客様が求めてきたものに、きちんと応える
- そのうえで、質問をする
- 答えに合わせて、ほかの選択肢を紹介する
動画で紹介されているコーヒー店の例では、普通のコーヒーを求めるお客様に、別の産地の豆を試す選択肢も紹介しています。要点は、まずお客様の希望に応え、そのうえで選択肢を広げることです。
旅行代理店の例もあります。「中国に行きたい」というお客様に、すぐ別の行き先を勧めるのではなく、「なぜ中国なのですか?」「旅行で何を楽しみたいですか?」と聞く。山歩きが好きだと分かったら、そこで初めて「それなら、こういう行き先も候補になります」と広げる。
アントニオが強調しているのは、お客様が望まないものに誘導しないことです。来た目的を先に満たし、質問で相手の関心が分かってから、選択肢を見せる。この順番は、相手の希望に沿った提案を考える手がかりになります。
法人営業に置き換えると、こうなる
ここからの質問例、提案のタイミング、メモの項目は、出典の考え方をもとに筆者が法人営業向けに考えた応用例です。動画で紹介された手順や発言そのものではありません。
1. 頼まれたことを、先に終わらせる
お客様からの問い合わせ、注文、困りごとの相談。まずはそれを解決します。追加の提案は、相手の用件が片付いて、気持ちに余裕ができたときにします。
困りごとの相談の最中や、トラブルの対応中は、提案の場ではありません。この段階でしっかり応えておくことが、あとで提案を聞いてもらうための土台になります。
2. 「目的がある前提」で質問する
アントニオは、来店したお客様に「何かお探しですか?」と聞くのではなく、目的がある前提で聞くことを勧めています。ホームセンターなら「今日はどんな作業をされるんですか?」、旅行代理店なら「今回はどちらへ行かれますか?」という聞き方です。こう聞かれると、お客様は自然に、何をしようとしているかを話してくれます。
法人営業なら、たとえば次のような聞き方になります。
- 「今期は、どんなことに力を入れていかれる予定ですか?」
- 「来年に向けて、変えたいと思われている業務はありますか?」
- 「今お使いいただいている〇〇は、どの部署の方がいちばん使われていますか?」
「何かお困りのことはありませんか?」と聞くと、「特にないです」で終わることもあります。相手に何か予定や目的がある前提で聞くと、具体的な話が出やすくなります。ヒアリングの質問の順番は「営業ヒアリングの質問の順番」も参考にしてください。
3. 答えに合うものだけを紹介する
質問への答えから、相手の関心が分かったら、それに合う選択肢だけを紹介します。
ここで大切なのは、自社の商品を一覧で見せないことです。「ほかにもこんな商品があります」と並べると、相手は選ぶ手間を押し付けられたように感じます。「先ほど、来年は新しい拠点を立ち上げるとおっしゃっていましたよね。それなら、この仕組みが役に立つかもしれません」と、相手の言葉とつなげて、1つか2つに絞って伝えます。
ジェフリー・ギトマーは、クロージングを急ぐより、相手にとっての価値を届けることが大切だと話しています。追加の提案も同じです。「売りたいもの」ではなく、「相手の話から見て役に立ちそうなもの」を選びます。
追加提案を切り出しやすいタイミング
順番が分かっても、いつ切り出せばよいか迷う方も多いと思います。次のような場面は、お客様の側に話を聞く理由があるため、提案を切り出しやすいタイミングです。
| タイミング | 切り出し方の例 |
|---|---|
| 導入した商品の効果が出たとき | 「〇〇の作業時間が減ったと伺い、うれしいです。ほかの部署でも同じような作業はありますか?」 |
| 定例の打ち合わせや振り返りのとき | 「今の使い方で、まだ手作業が残っているところはありますか?」 |
| お客様の体制が変わるとき(新年度・組織変更・新拠点) | 「新しい体制になると、どんなことが変わりそうですか?」 |
| 契約の更新の少し前 | 「更新の前に、この1年で困ったことや、足りなかったことを伺えますか?」 |
| お客様から使い方の質問が来たとき | 質問に答えたあとで、「ほかに、こういう使い方をしたいというご希望はありますか?」 |
どの例も、いきなり商品の名前を出してはいません。まず質問をして、相手の話を聞いてから、合うものがあれば紹介します。
提案の前に、お客様ごとのメモをつくっておく
「応える → 聞く → 広げる」を続けるには、聞いた話を忘れないことが欠かせません。前回の打ち合わせで「来年は拠点を増やす」と聞いていたのに、次の訪問でまた同じことを聞いてしまえば、お客様は「話を聞いていなかったのか」と感じます。
おすすめは、お客様ごとに次の4つを短く記録しておくことです。営業支援の仕組み(SFA や CRM)を使っている会社なら、その中のメモ欄で十分です。
| 記録すること | 例 |
|---|---|
| 今使っている商品と、使っている部署 | 〇〇を経理部で3年前から利用 |
| 最近の問い合わせや困りごと | 9月に入力画面の使い方の質問。月末に作業が集中する |
| お客様の予定や目標 | 来年4月に新拠点。生産量を2割増やしたい |
| 断られた提案と、その理由 | △△は「今期は予算がない」。来期の予算を決める時期に再確認 |
この4つがそろっていると、次に連絡するときに「前回伺った新拠点の件は、その後いかがですか?」と、相手の話の続きから会話を始められます。提案の材料も、自然とこのメモの中から見つかります。
やってはいけないこと
追加提案でよくある失敗を3つ挙げます。
1. 相手の用件の途中で、提案を差し込む。 先ほどの例のように、問い合わせやトラブルの対応中に別の話を始めるのは逆効果です。用件が片付いてから、改めて時間をもらいましょう。
2. 「ついでに」と、何でも勧める。 相手の状況と関係のない商品まで勧めると、「この人の提案は、自分のためではない」と思われてしまいます。それ以降、本当に役立つ提案をしても聞いてもらえなくなります。
3. 断られたあとも、同じ提案を繰り返す。 一度「今は必要ない」と言われたら、理由を聞いて記録しておき、状況が変わったときに改めて提案します。「今回は見送り」と言われたときの連絡の仕方は「商談後のフォローメールは何を書く?」も参考にしてください。
具体例:保守契約のお客様への提案
ここでは、仕組みを分かりやすくするために、架空の会話の例を紹介します。業務用の機器を販売し、保守契約もしている会社の営業が、取引先から故障の連絡を受けた場面です。
うまくいかない例
お客様:「昨日から、〇〇の機械がエラーで止まっていて」
営業:「申し訳ありません。すぐに担当を手配します。それと、ちょうど新しい機種が出たのですが、入れ替えのご検討はいかがですか?」
お客様は、機械が止まって困っている最中です。ここで新しい機種の話をされても、「故障を口実に売り込まれている」と感じるでしょう。
うまくいく例
(修理が終わって数日後の連絡で)
営業:「先日は、ご不便をおかけしました。その後、問題なく動いていますか?」
お客様:「おかげさまで。ただ、古い機械なので、また止まらないか心配で」
営業:「そうですよね。今後、使い方を変えるご予定はありますか?たとえば、台数を増やすとか、夜間も動かすとか」
お客様:「実は来年、生産量を増やす話があって」
営業:「それなら、今の機械の状態と、増産したときの負担を一度整理してみませんか。そのうえで、修理で十分なのか、入れ替えたほうがよいのかを一緒に考えられればと思います」
違いは、提案のタイミングと順番です。まず故障という「頼まれたこと」を片付け、そのあとで相手の予定を聞き、答えに合わせて選択肢を示しています。しかも、最初から買い替えを勧めるのではなく、「修理で十分か、入れ替えか」を一緒に考える形にしています。
よくある質問
既存のお客様に提案するのは、関係を悪くしませんか?
順番に配慮しても、提案の内容や頻度によっては負担になることがあります。相手の都合と、提案を聞く意思を確かめましょう。用件を後回しにした提案や、状況と関係のない提案は避けます。
提案できそうな商品が思いつかないときは?
無理に提案する必要はありません。質問をして、お客様の予定や困りごとを記録しておくだけでも十分です。そうした話を記録しておくと、あとで合う商品が出たときに、自然に提案できます。
断られたら、もう提案しないほうがいいですか?
一度断られても、状況が変われば必要になることはあります。断られた理由と時期を記録しておき、体制の変更や契約の更新などのタイミングで、改めて状況を聞いてみましょう。
まとめ
既存のお客様への追加提案で大切なのは、提案の中身より先に、順番です。
- まず、お客様が頼んできたことに、きちんと応える
- そのうえで、目的がある前提で質問をする
- 答えに合うものだけを、相手の言葉とつなげて紹介する
アントニオの考え方の要点は、お客様が望まないものに誘導しないことです。頼まれたことに誠実に応え続けている営業の提案ほど、お客様は耳を傾けてくれます。次にお客様から連絡があったら、用件を片付けたあとに、一つだけ質問をしてみてください。
参考にした動画・資料
動画の内容をもとに、編集部が日本の営業向けに要点をまとめ直したものです。発言の全文訳ではありません。
- Starting a Sales Conversation & Cross-Selling
目的がある前提で声をかける、頼まれたものに応えてから質問で選択肢を広げる
- LinkedIn Sales Navigator: Win when buyers win
買い手が数字として扱われる不満を紹介し、お客様のニーズを先に置く
- Stop closing sales and start providing value, or lose to price
売り込むより、相手にとっての価値を届ける
